岩 崎 元 郎 の


 
   
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恐山・大尽山と恐山温泉

 恐山菩提寺は約1200年前、慈覚大師円仁に開かれた東北下北半島の宇曽利山湖畔にある霊場だ。エメラルドグリーンに輝く宇曽利山湖をめぐって、蓮華八葉と称される八峰がある。釜臥山、大尽山、小尽山、北国山、屏風山、剣の山、地蔵山、鶏頭山がそれ。

 中高年登山者に登って欲しい山を日本全国から百山拾い上げて新日本百名山と銘打ち、2005年自分の還暦記念にその百山を一年間で登ることを思い立った。青森県からは岩木山と八甲田山を選び、もう一山欲しいなと思って当時八甲田山荘のオーナー、芦沢吉朗さんに相談したところご教示下さったのが大尽山で、野辺地駅でぼくを拾い大尽山の山頂まで案内してくれた。宇曽利山湖畔に下り、改めて見上げる大尽山は均整の取れた三角錘で、新日本百名山の名にふさわしい山容だった。

 深田久弥さんも戦前に恐山を訪れている。当時は要塞地帯で地図もなく、深田さんはただ山を眺めるだけで帰られた。「宇曽利山湖の南に、水面に影を落として最も整然とした姿のいいのは大尽山である」と報告されている。

 恐山といえばイタコ思い浮かべるが、「宇曽利山湖畔にいて、客に頼まれて霊媒する。戦前にはなかった風景らしい」と、司馬遼太郎さんは『街道をゆく「北のまほろば」』に書かれている。イタコとは、下北半島の村々に昔からいた巫女で、戦後、マスコミに取り上げられて湖畔に定着したという。イタコの存在のためか恐山に不気味という先入観を抱いていたが、芦沢さんに案内頂いて宇曽利山湖畔から望んだときは、秋晴れの青空の下ということもあって、明るく爽やかな印象であった。

 この(2016年)夏、恐山菩提寺大祭に合わせて新日本百名山登山を計画したところ、多くの人の口からイタコへの関心が寄せられたが、時代にそぐわないため後継者がなく、現在残っている方々は80歳前後の高齢ということで、早晩、イタコも消滅するのではないかと、司馬さんは心配を書かれていた。我々は恐山=イタコと理解していたが、それはマスコミの創造で、恐山とイタコは無関係であるようだ。手元にある「霊場恐山」のパンフレットには、イタコのイの字も紹介されていない。

 大尽山への登路はいくつかあるが、宇曽利山湖畔から遊歩道を辿ると林道に出る。その先に登山口がある。よく踏まれた山道を登っていく。下半はヒバの森、上半はブナの森になる。この道は陸奥湾側の川内町(現むつ市)から一体地蔵を越えて恐山菩提寺を訪ねる西参道である。一体地蔵の手前から左に分岐しているのが、大尽山への登路。大尽山々頂に登るため、無理矢理拓かれた道らしく、藪っぽく急坂である。山頂は灌木で視界が閉ざされているが、足元にある石の上に立てば灌木の上に頭一つ出て、エメラルドグリーンに輝く宇曽利山湖が目に飛び込んでくる。湖畔に恐山菩提寺もそれと指摘できる。そのむこうに津軽海峡、その先に北海道の山も眺められる。

 恐山の境内には湯小屋があり、温泉入浴ができる。泉質は、含鉄・硫黄・ナトリウム・塩化物泉で、強力な硫黄臭がある。リュウマチ、神経痛、皮膚病などに効能がある。

                                                        2016.7.15 記




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